2021年12月21日

選手権まで13日・櫻井さくら

DAF06CB4-A875-46EE-BDA4-2A97D9E08C29.jpeg90542699-25DC-44FD-ADED-DE40C044BF45.jpeg17408BF5-DFC1-4184-936A-52DF41011C12.jpeg15B6BD19-BB35-4C64-9494-BA574018E2EE.jpegBB1B3312-448F-4AAB-A228-5AE0B900238F.jpeg17981208-A9DC-44D5-8E03-8D04969E8A23.jpeg
目が命アイプチしてるけど目からはみ出してると紹介された櫻井さくらです花見(さくら)
アイプチを初めて3年生から容赦なく死ぬほどいじられてきました笑 わざと見せている訳ではありません。
将来二重になってるからびびって腰抜かすなよ。


2年前、当時の3年生がブログを考えてる姿を見て自分の番はまだまだだなーと思っていたのがつい最近のように感じ、3年間はあっという間でもう自分がブログを書く番になってしまいました。失敗
福井で過ごした毎日は私にとって一生忘れられない大切な3年間でした。

文章力が無く長い文になってしまいましたが、最後まで読んで貰えると幸いです。

私は兄の影響で小学4年生からサッカーを始めました。少年サッカーで男の子の中で女子は少なくすぐ嫌になりました。お母さんには何度も辞めたいと言ったのを覚えてます。でもなんだかんだ続け、友達のすすめで行くトレセンや女子サッカーチームにも通い、スタメンで出れることが増え、だんだんサッカーが好きになりました。中学ではクラブチームと学校のサッカー部に入部しサッカー漬けの毎日を送りました。
そこで出会ったクラブチームの先輩に憧れ、その先輩がいる福井高校を知り、一緒にサッカーがしたい、日本一を目指したいと思い福井高校の女子サッカー部に入りました。
練習は想像以上にハードなもので、周りのみんなもすごく上手くて練習にはついていくので精一杯でした。
たくさんの練習や試合を積み重ねていくうちに自分のプレーを少しづつできるようになり、選手権に向けてあと少しという1年の大阪遠征前に練習で左足外側半月板損傷という大きな怪我をしてしまい、憧れの先輩や3年生と、最後一緒にサッカーをすることができませんでした。手術を進められましたが、すぐには自分の怪我と向き合うことが出来ず、何とかなる、そんな気持ちで練習も続けていました。しかし、怪我が原因で100%のプレーをすることができず自分がチームの足を引っ張っていることに気づきました。丁度その頃からコロナも流行りみんなが帰省することが決まったのでそのタイミングで手術をすることにしました。
自分は手術をしたらきっとすぐ良くなる、サッカーができると手術を甘く見てました。
手術後の足は筋肉が減り、7cmも細くなり、血流が悪く思うように動かすことが出来ませんでした。
リハビリは想像以上にきつく、精神的にも辛いものでした。車椅子に乗るのは初めての経験でした。完全に歩けるようになるまで1ヶ月半、ジョギングが出来るようになるまで3ヶ月、サッカーができるようになるには6、7ヶ月と聞いた時は何もかも先が長すぎて何も考えられませんでした。
歩けるようになるまで病院に通い、歩けるようになってから福井に戻りました。
戻った頃には、新1年生が入学していて全体練習が始まっていました。サッカーが出来ない状態でみんなの練習している姿を見るのはすごく辛く、練習に行きたくない、そう思う日々が続くこともありました。
リハビリも思い通りにはいかず、手術で失った筋肉や体力を取り戻すことは簡単ではありませんでした。
でもそんな心が折れこうな見学者時代を乗り越えられたは、その時同じタイミングで怪我をしていたおだまゆやゆりあがいたからだと思います。毎朝5時に起きて1時間チャリを漕いだり、雨の日は体育館で走ったりウエイトルームでバイクを漕いだり、1人だったら絶対乗り越えられなかったリハビリ期間も同じ気持ち、同じ状況だからこそ分かり合えることもあったし、話すことができました。7ヶ月のリハビリが終わり2年生の選手権前に復帰することが出来ました。
3年生になり自分が最高学年でチームを引っ張っていく立場になりました。でも自分は新チームでもなかなかAで練習することは出来ず、新1年生が入り、もっと上に上がることが難しくなり、練習試合でも出れる本数が減っていきました。
上手くいかない状況に焦り、自分のことしか見えなくなって、自分勝手なプレーしかできない自分に、練習後、練習試合後、いつも後悔し何度も悩みその度に泣きました。
怪我をしなかったら、怪我さえなければって悔やんだ時期もありました。
6月、このチームで初めての出場する大会。インターハイ予選がありました。コロナということもあり、試合には全員で行くことが出来ませんでした。
そして、自分がメンバーに選ばれることもありませんでした。
1.2年生から貰ったプレゼントはすごく嬉しかった。でもメンバーに入っていない、何も出来ない自分が情けなくて、一生懸命作ってくれたお守りをもらうのは申し訳なくて、辛かったです。
インターハイの日、自分は学校に残り、福井組と練習をしました。その時、教育実習に来てくださっていた村上賀梨さん、河合茉奈さんと一緒に練習をしました。みんなで声だけは出そうと言って始めた練習、1.2年生の今まで見たこともないくらい声を出している姿、みんなを引っ張っていこうと頑張っている3年生の姿をみて、自分がこんな弱気でいたらだめだと思わされました。
賀梨さん、茉奈さんとインターハイに行けなかった3年生とミーティングをした時。あの時のみんなの言葉や涙は今でも忘れられません。あんなに悔しさを言葉に出して言うのは初めてでした。
賀梨さんや茉奈さんにはチームのために考えること、自分がチームのためになるためにはどう行動をしなければいけないかなど、自分のことだけでなくチームが勝つためにチームのことを考えることが大事だということを教えてもらいました。
それからの練習ではどうしたらチーム全体が良くなるか、1.2年生に伝えることができるかを考えて行動するようにしました。でも思っていることを相手に伝えることは難しく、一方的に喋っていた事の方が多いと思います。自分だってできてないのにって思う人も多かったと思います。でも後でもっとやっておけばよかったとか、メンバーに選ばれなかったという状況になってから後悔してほしくないから、今のままじゃ絶対後悔すると思うから、少しでも変わって欲しくて、いっぱい言ってきました。捉え方によったら怒られたって思う人もいるかもしれないけど、1.2年生みんなめっちゃうまいからもっとできるという期待から、どう伝えようか考えた末、自分なりの伝え方をしてきました。
他にも上手くいかないことはまだまだありました。1日の練習試合で最後の紅白戦や30分1本しか出れない、自分の実力不足で同い年でスタメンに定着している人や1.2年生でも活躍している人がいる中で、コートの横でひたすら自主練習をする日も少なくはありませんでした。ボードのネームがずっと左上に貼ってあるのを見る度に悔しくてしかたありませんでした。
もう無理なのかなと弱音を吐いてしまう事もありました。でも話を聞いてくれる3年生や一緒に頑張ろうって自主練習を付き合ってくれる仲間がいて、時には一緒に悔しいって泣いてくれた仲間がいたからそんな状況も乗り越えることができました。
3年生になってからは楽しいことより辛かったことの方がもしかしたら多かったかもしれません。それでも3年生がいたから頑張れたし、特にBで、一緒にやっていた人達からは何度も慰められ、サッカーに全力で取り組んでいる姿に頑張ろうって思わされました。
気づいたらあと2週間で大会が始まる、こんな所まできてしまいました。たくさん笑ったり、泣いた9年間のサッカー、全力で頑張れる、楽しめるサッカーというものに出会えて、大切な仲間に出会わせてくれたサッカーに感謝しています。
最後まで諦めないで自分の全力を出し切りたいです力こぶ


〖1年生〗
1年生が体験生のとき、まずは人数の多さに驚きました。笑
見たことの無いネームの数で来年はこんなに入ってくるのかっていうドキドキと3年生として引っ張っていけるかの不安もありました。
でも、1年生が入学してめぬまで別れて練習や試合をしてた時にもう部荷物とかもやったり自分たちで練習をしてる姿をみてびっくりしたし1年生なのにすごいなって思いました。
人数が多いことはオフザピッチでもオンザピッチでも強みになると思う!けどその分悩むことやぶつかることもあると思う。
でも1年生なら大丈夫!その可愛さと元気さとパワフルさで乗り越えて行ける!まだまだ1年生はこれからやし、辛いことの倍楽しいことがいっぱいあるから、あと2年悔いなくやり切れるように頑張れパンチ

〖2年生〗
2年生は人数は自分たちの半分くらいやけど、1人1人がしっかりしててすごく頼りになる存在でした。1年生の時はコロナ禍から始まってなかなかまとまらなかったり全部が初めてのことで大変な1年を過ごしたと思う。今年は1年生と3年生が多くて、ついていく、引っ張っていく立場でも悩んだりしたと思う。
でも自分たちと一緒に頑張ってくれたから北信越予選も優勝できたし、2年生がおらな残せなかった結果だと思う。本当にありがとう。
来年は3年生という最高学年になって今以上に悩むことが増えるし、初めてわかること、3年生になって初めて知れる気持ちとかもあって、今よりもっとサッカーに真剣に向き合うことになると思う。その環境を作るためには1.2年生を上手くつかって協力してチームを作ることが大事になってくると思うし、それは簡単な事ではないと思う。
でも2年生は自分の気持ちをしっかりもってて強い気持ちをもって取り組んでるし、何より団結力がある(特に円リフ)と思うから、大変な時こそその強い団結力で乗り越えていってください!
何もかもが『最後』がついて、3年生の1年は本当に早くすぎる。ここで後悔が残らないように毎日を大切に全力で頑張ってください!2年生なら最高の3年生になれると思います勝ち誇り

このチームで日本一になりたい!!!!
あと選手権まで少し、本当にもう少ししかないけど最後までこの3年生についてきてください!
日本一をとって笑顔で終われるように一緒に頑張ろう!!

〖3年生〗
3年生のみんな。本当に本当に最高の3年間でした。毎日が楽しすぎて、笑いすぎて、こんなにエラが出てきたのも笑いすぎてほっぺに筋肉がついたからだと思います。みんなに責任とってもらいたいです。
18年で1番最高の3年間。
今思い出してこの文章を考えてても涙がでてきます。こんなに最高の仲間に出会えて自分は本当に幸せものだと思います。
初め会った時人数が多くて個性が強くて、仲良くなれるか不安もあったけど、今は人数が多いのにみんなが仲良くて本当にこの代で良かったって心から思います。
サッカーが上手くて、意識が高くてそんなみんなに刺激をもらう毎日でした。
みんなの意識の高さに自分の甘さを感じ、何で自分はできないんだろう、こんくらいできないんだろう、ってたくさん悩んだこともありました。
体調を崩しサッカーを辞めることを考えたこともありました。でも自分はサッカーが好きで、みんなとするサッカーが大好きで、3年生が大好きで、日本一という目標を諦めたくありませんでした。
自分は人に頼ったり相談することが苦手で、1人で溜め込んでしまうけど、それを理解して何でも話してって声をかけてくれたり、頑張りすぎないでっていってくれる3年生がいてくれたから自分は今ここでサッカーができてると思うし、3年生のおかげでいつも笑ってることができました。
サッカーでもたくさん足を引っ張ってしまったと思います。自分はほんとにただ声を出したり全力でやることしかできなかったけど、Bチームでも Aチームの刺激になれる存在になりたい、Aチームになんか負けてられないって気持ちでとにかく全力でやってきました。
Aに上がれたら、頑張ろって言ってくれたり、たくさんアドバイスをしてくれたり、時には厳しい声をかけてくれてありがとう。すごく勉強になりました。
インターハイ予選でメンバーに入れず別れて練習した時、本当にめちゃくちゃ悔しかった。自分も行きたかったし選ばれたかったってすごく思いました。
でもインターハイ予選にいって頑張ってるAチーム、一緒に体育館練習で頑張ってるBチームの3年生をみて、本当にこのチーム、この学年で日本一をとりたいって思いました。
3年生になってから久保先生に怒られることが増えてその度にたくさんミーティングをしてきたね。みんなの意見を聞いてこんな目線でチームを見えてるんだとか、1人1人の考えに自分の意識の低さに気づかされるミーティングばかりでした。みんなの考えを聞いて自分ももっとチームのために考えられる存在にならないとだめだなって思いました。
ミーティングは回数を重ねるごとに濃いものになっていて何回も泣いたしいろんな話し合いをしたけど、ミーティングをしてよかったって思えるミーティングばかりでした。
1年生から今まで本当にいろいろあったし、決して楽しいことだけではなかったけど、この3年生だったからやってこれたし全部を振り返っても、しんどかった。けど楽しかったって思える思い出ばかりです。
最後本当にこのメンバーで日本一をとりたい。3年間ただ楽しかったで終わらせるんじゃなくて、日本一の結果を残して過去最高の最強の代になりたいです。
自分達のやってきたことを信じて自信を持って全国大会に臨みましょう!!!
自分達ならできる、やれる!!!
最後絶対笑って終わろう。
『有言実行、日本一』

3年生全員大好きです。ありがとう。

︎︎︎︎〖久保先生〗
久保先生は毎日サッカーノートを見てくださったり紙をはってくださったり、雨でも雪でも女サバスであわらまで連れて行ってくださいました。練習では自分に甘く、ぬるい練習をしている自分たちにサッカーノートの紙や言葉で本気の練習、練習の大切さを気づくチャンスを何度も作ってくださいました。1.2年生より3年生になってからは学年で怒られることが増え、練習を見て貰えなくなった時期もあったけど、その度に3年生という立場、3年生の行動の責任の重さなど、3年生がチームにとってどれだけ影響のある存在かを考えさせられました。
久保先生の言葉や貼ってくださる紙は、自分の行動や気持ちを見透かされているようで、全ての言葉が自分に当てはまることばかりでした。
選手権の北信越予選で優勝した時に泣いて喜んでくださっている姿を見て、久保先生は自分たちに本気で向き合ってくれて、一緒に本気で日本一を目指してくれていることを実感しました。
いつも喜びとか感情とかを出さないイメージを持っていたので、すごく嬉しかったです。
3年間のあいだで、久保先生からオフザピッチ、オンザピッチのことで数しれないほど学ぶことが出来ました。
最後は絶対久保先生を日本一の監督にしたいです!!
あと少し、残り少ない時間、日本一に向けて一緒に頑張りましょう炎
3年間ありがとうございました。


〖さやかさん〗
自分はBで練習することが多くて、さやかさんからプレーの事でたくさん教えていただきました。
練習中にかけてくださるアドバイスはとても分かりやすく、その場で意識して変えることができました。
パススピードや、球際など基本的な所をたくさん指摘してもらえたから、パスコンや1対1もこだわってやることができたし、基本的な所が全てのプレーに1番大事になってくることを学びました。
練習だけでなく、体調の面では母親のように親身になって相談に乗ってくださってありがとうございました。
さやかさんのおかげで前よりサッカーができる体を作ることが出来ました。
栄養のことや体づくりがサッカーにどれだけ影響しているか、パフォーマンス向上に繋がるかなど、サッカーはプレーだけじゃなくて自分で体を作ることも大事だといいことも教えてきただきました。
悩んでいる時も、同じ気持ちになって考えてくださって、一緒に解決策を考えてくれて、とても頼りになる存在でした。
普段は明るくて、恋バナ好きって有名で、キャーって叫んでるイメージが強いさやかさん、でもサッカーになるとめっちゃ上手くてかっこいい、ギャップがあってとても素敵でしたきらきら
その笑顔でそのままの笑顔で一緒に日本一をとって笑って終わりたいです!!
福井のおかん、勝利の女神、その笑顔で福井を勝利に導いてください!
3年間ありがとうございました。


〖廣瀬唯奈〗
ゆいなとよく話すようになったのは2年生の大阪遠征くらいかな?今では席も隣で一緒にいることが多くなって、同じポジションということもあってサッカーについてもいっぱい話たね。
正直3年生になってからこれまでにないくらいサッカーに悩んで数えきれないくらい落ち込んだりたくさん泣いた。Aに入れなくて、メンバーに入れなくて、プレーがうまくいかなくて、そのたびに辛くてしんどくて諦めそうになった。でもゆいながおって側にいてくれて、横で話を聞いてくれてどうでもいいことで笑かしてくれた。さくらは頑張っとる。っていってくれたからここまで続けることができた。練習中や試合の合間でもアドバイスをくれたり相談に乗ってくれて、ゆいなは慰めるの苦手っていうけどさくらはゆいなが隣におるだけで元気がでてました。
でもいつもゆいなの『大丈夫?』で涙出てたからゆいなに泣かされてました。笑
何も言わなくてもサッカーで悩んでるのがバレてて、手紙書いてくれたりお守り作ってくれたり、動画作ってくれたり、気がきく可愛い彼女とか死んでも言いません。
一緒に頑張ろ、ピッチに立とうって何度もその姿に引っ張られました。自分ももっとやらなあかんって刺激をもらってました。
インターハイでメンバーに入れず残り組で体育館練習をした時のゆいなはめっちゃかっこよかったです。
チームを変えようとチームのためにたくさん声を出してくれたりアドバイスをしたり、意識することを話したり、自分のことだけでなくチームのこと考えることをゆいなからたくさん学びました。
ゆいなの愛想笑いとか可愛い声してるのに言ってることちょっと怖いところとか、サッカー中は4トーンくらい声が低くなるところとか、めんどくさがりなとことか、寝てる時白目のところとか、サッカーになると二重人格になるところとか、思ってること140のストレートで言ってくれるところも全部大好きです。
さくらが帰省した時は絶対LINEしてくるとことか、早く帰ってきてとか言わんとかいって言ってくるあたりも愛を感じました。キモとかゆーな。
ゆいなと過ごした毎日はほんとに些細なことで爆笑したり、2人しかわからない面白さで顔合わせて笑ったり、自分の爆笑してる顔をみて笑われたり、笑った思い出ばっかりです。本当に楽しかった。
ゆいなとサッカーできるのもあとほんとに少ししかないって考えたら、やっぱり考えたくないです。
最後一緒にピッチに立ちたい、一緒に試合に出たい。
あと残りの時間最後まで絶対諦めないで一緒に頑張ろう!!!
ゆいなに出会えて最高でした。ありがとう。


〖家族〗
お母さん、まず18年間育ててくれてありがとうございました。そして9年間のサッカー人生、支えてくれてありがとうございました。
お母さんがいたから何不自由なく、ここまで楽しくサッカーを続けることができました。
新潟から福井に行きたいというわがままにも反対せず、真剣に考えてくれて、オープンキャンパスや体験のために何時間も運転して福井まで連れて行ってくれました。
そのおかげでこんな最高の仲間と出会って最高の3年間を過ごすことが出来ました。
福井に行ってからも新潟遠征になると試合を見にきてくれたり、お弁当や差し入れを持ってきてくれて、新潟遠征になると会えるのが楽しみでした。
帰省になるとさくらのためならって新潟から車できてくれたり、帰ったら自分の大好きな食べ物とか、好きなもの買っていいよって優しくしてくれてありがとう。
新潟からずっと応援してくれていたのに、全然試合に出てる姿を見せられなくてごめんなさい。
弱音ばっかり吐いてごめんなさい。
たくさん心配、迷惑かけてごめんなさい。
でもいつも自分の話を聞いて励ましてくれて、頑張れって言ってくれて、時には逃げ場所になってくれたからここまで頑張ることができたし良い経験もたくさんできました。
手術の時やリハビリの時も忙しいのに合間を縫って会いに来てくれたり仕事のあとで疲れてる中でも差し入れをもってお見舞いに来てくれて、さくら好きでしょ?って食べ物とかも買ってきてくれて、あの入院中の長い1日のなかでお母さんと話したり会える時間は本当に短く感じました。
2ヶ月に1回の手術過程の診察もたくさん送迎してもらったし精神面的にもたくさん支えてもらいました。
全治8ヶ月の怪我から復帰出来たのも、今こうして怪我なくサッカーできているのもお母さんのおかげです。
3年生になってからは大学の事とかでもいろいろ迷惑をかけました。大学で看護を学びたいと考えていたけど、お母さんの体のことやお金のことで心配をしてる自分にさくらのやりたいことをやって欲しいってずっと言ってくれてたね。さくらよりも大学のことや専門学校の事を調べてノートにまとめて写真で送ってきてくれたりたくさん協力くしてくれてありがとう。
行きたい大学に受験できたのも、合格して進路を決めれたのも全部お母さんがいなかったらできませんでした。本当にありがとう。
時には喧嘩もしたしさくらが一方的にも言ってしまうこともあったね。
こんなに支えてもらっているのに、全然協力してくれないじゃんって上手くいかないことをお母さんに当たってしまうこともあった。あの時、お母さんの傷ついた顔をみてすごく反省しました。
こんだけ応援してくれてるのに分かってなかったなって当たってしまったことに後悔しました。
こんな自分勝手な娘を18年間育ててくれてありがとう。わがままを聞いてくれてありがとう。
お母さんの娘に生まれてこれて本当に良かったです。
これからは大学で看護師の勉強をして将来しっかり自立することで恩返しをしたいと思います。
まずは9年間のサッカー人生の最後、少しでも良い所、サッカーをしている姿を見せてるように最後まで頑張ります。日本一になれるように頑張ります。
最後まで応援よろしくお願いします。



選手権まで残り『13日』となりました。
3年間やってきた自分たちを信じて、悔いの残らないように最後まで全力でやりたいと思います!
本当に濃い3年間だった。この仲間となら絶対に日本一をとれると思います!いやとれます!!
楽しかったの言葉じゃなくてちゃんと日本一を結果に残して終わりたいです
このチームで何度も唱えてた"有言実行 日本一"
絶対叶えよう!!笑って終わろう!!


次は都会の歯科技師に憧れた地黒田舎系ギャルこと、廣瀬唯奈です小顔
お楽しみに星2
posted by fukuihs at 06:12 | Comment(0) | スタッフブログ